マイクロウェーブ北九州 主な移動先
         崋 山   (N34°10′50.03″ E131°02′00.05″ 標高713m)

           下関市の最高峰、華山は頂上まで車道が整備されています。標高713mの山頂からは瀬戸内海、玄界灘、日本海が一望に。
         華山から狗留孫山の二大霊場を結ぶ、 稜線上のハイキングコースから見下ろす景観も息をのむ雄大さである。
        山頂から拝む初日の美しさは西日本随一といわれています。ハンググライダーで空からの散歩も楽しめます。

        マイクロウェーブ北九州の主移動先で有り、韓国/神仏山とは235kmの距離であるが10GHzでは双方向M5Cの接続ができ、
        韓国蔚山の59HAMTVクラブ(DS0TV)とは年間2回程交信のスケジュールを組み友好を深めている。 
     主な接続先
          神仏山 :(韓国蔚山235km)  鬼ヶ城山 :(四国愛媛県182.8km)
          平  戸 :(長崎県170.6km)  大 星 山 :(山口県 103km)
          対  馬 :(長崎県160km)  背 振 北 :(福岡県103km)
          天山北 :(佐賀県124.3km)  成    田 :(福岡県55.3km)
  



     山口県下関市 H.P

ホタルをはじめ、特産品・観光スポットなど豊田町の
見所を紹介したビデオをごらんになれます。(約18分)


   背振山  (N33°25′59.00″ E130°22′15.00″ 標高1055m)

     【背振山山頂】
         山頂一帯は自衛隊の施設が取り囲んでいるが、この山頂部分はかろうじて施設の外となっている。

       背振山での移動地点(N33°26′13.40″ E130°22′14.06″ 標高960m)
     【山頂駐車場の背振山説明文】
       背振山系の最高峰で、標高1055メートルあり、龍が背を振ったということから名付けられたと伝えられている。山頂には、弁財天を祭る石殿があり、
                又、山岳仏教の 発祥地としても有名で、石碑や石像等が多く見られ、古くから霊山としてあがめられてきた山である。

     湯川山  移動地点通称(成田山)(N33°52′07.00″ E130°33′49.00″ 標高190m)

        遠賀郡岡垣町の湯川山の中腹で北九州/山口県方面に開けた場所でボタ山12km/望玄荘32km/崋山55.3kmと機器を制作時の
       実験運用にはもってこいの場所である。47GHzを製作したときは何度も足を運んだ場所です。
  成田山不動寺   【湯川山の中腹にある真言宗の寺院】

昭和39年12月、千葉県成田市にある真言宗智山派の
大本山成田山新勝寺より、不動明王をお迎えして
開山したのが「成田山不動寺」です。
昭和62年に現在の本殿が完成し、平成7年には大しめ縄が
奉納されるなど、年々発展を続けています。



        遠賀郡岡垣町 H.P

   ボタ山  (遠賀郡水巻町)  古代ロマンの風と、川の調べにやすらぐまち      遠賀郡水牧町 H.P
     水巻町は、北九州市の西側に位置し、遠賀川の河口に近い右岸に沿って広がる、南北に細長い町です。遠賀川とともに歴史を
     積み重ねてきた肥沃な農耕地帯で、
すでに弥生時代の前期から米作農業が根づき、昭和6年に遠賀川の中洲に広がる
     「
立屋敷遺跡」から、稲作文化を代表する弥生式土器や農具、住居跡が発見されるなど稲作文化発祥の地として知られています。
     明治時代からは炭鉱の町として栄え、
石炭産業が華やかだった時代に人口が急増。昭和15年、町制が施行されました。
     しかし、昭和30年代後半から始まったエネルギー革命により、昭和46年には炭鉱が閉山して人口も減少。
      そのため、町勢は一時衰退しましたが、昭和50年代から住宅政策を中心に炭鉱跡地再開発を進め、現在では北九州都市圏の
     ベッドタウンとして
発展しています。

広大な遠賀川河川敷のコスモス (コスモス祭り開催)